ムター&カラヤン~ヴァイオリン協奏曲録音集

少女時代の大ヴァイオリニストと20世紀の巨匠との邂逅

Disc 01
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調『トルコ風』 K.219
録音:1978年

Disc 02
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
録音:1979年

Disc 03
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 Op.26
録音:1980年

Disc 04
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77
録音:1981年

ヴァイオリン:アンネ=ゾフィー・ムター
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 

初々しいモーツァルトの息吹き

アンネ=ゾフィー・ムター(1963年6月29日 – )は、今やレジェンドと称すべき、現代を代表するヴァイオリニストです。

彼女は幼いころからヴァイオリンの才能を発揮し、何と13歳でカラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演、15歳でこのボックスに収められているモーツァルトの協奏曲の録音を同コンビと行いました。

手始めに「3番」を聴いてみてください。15歳とは信じられない巧さです。破綻などどこにもなく、ゆったりとしたテンポで、宇野功芳さん(音楽評論家)の言葉を借りれば、まさに大輪のヒマワリのような弾き振りと言って良いでしょう。

そして、まだ思春期の少女を温かく見守るようなサポートにまわっているベルリン・フィルの巧さも素晴らしい。カラヤンの指揮も煽ったりせず、標準的なテンポ設定です。

さらにカラヤンのサウンドづくりが、サンモリッツの避暑地でリラックスして録音した1965年当時とは異なり、晩年に慈しむようにレコーディングしていた演奏のスタイルに近づいているのが興味深い。たおやかでシルクのような手触りの弦楽セクション、まろやかに溶け合う管楽セクション。それをゆったりしたテンポで統率するカラヤンの悠然たる構えが素晴らしい。

ところで、このアルバムの最大の聴きどころは最後の最後。「第5番 トルコ風」の第3楽章です。

ひょっとしたら、ベルリン・フィルハーモニーは天才少女のお披露目録音に本領をセーブ気味だった可能性がありますが、ここにきて融通無碍な音楽を展開し、さらに15歳のムターがつられて本気以上のものを出しているのが聴き取れます。愛のムチと言いますか、ここから天才少女と名指揮者と大オーケストラの短くも濃厚な歴史が始まります。

 

天才少女、試練のベートーヴェン

モーツァルト録音の翌年、ムターとカラヤン&ベルリン・フィルはベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」のレコーディングにチャレンジします。ムター16歳。

何とも豊麗で美しいヴァイオリンの響き。しかし、他のヴィルトゥオーゾなら駆け上がるように弾くところ、まだ高校生の年齢のムターはたどたどしく丁寧に弾くことしかできません。逆に、ベルリン・フィルが「おらが音楽」であるベートーヴェンに臨むと段違いに気合が入っており、きわめて雄弁、かつダイナミックな音楽を展開していることが、かえってムターを潰してしまっています。

例えばティンパニはおそらくフォーグラーでしょうが、ちょっと激しく叩きすぎのような気もします…。

この時に比べると、5年後の1984年に収録したヴィデオ・ディスクのムターは、すっかり外見が大人の女性に変貌しており、テクニックも表現力も段違いに成長。カラヤンの掌にあるとは言え、一人のヴァイオリニストとしてがっぷり四つでオーケストラに対峙できています。

 

いよいよ大家への道へ、ブルッフとメンデルスゾーン

1980年の録音。ムター17歳。曲との相性もあるのでしょうが、ムターが完全に覚醒しています。

テクニック、音量と音色、スケール、歌心。そして表現の深みにおいても、前年のベートーヴェンとは比較にならない成長ぶりです。ブルッフの、ややもするとムード的な音楽が、壮大な迫力とロマン性で聴き手を圧倒してきます。

カラヤンとベルリン・フィルのサウンドの充実ぶりも素晴らしい。フィナーレの重戦車の如き重低音と、この上なく甘美な音色が溶け込んだ響きは、まさにカラヤン時代のベルリン・フィルの音です。

そして有名なメンデルスゾーンの協奏曲に至っては、ムターがブルッフの時に比べ、やや感情表現が淡々としているためか、ベルリン・フィルはその特長をいかんなく発揮し、伴奏を超えた音楽を聴かせます。第1主題が出た後のオーケストラによる再現のティンパニの力強さ、ほの暗い弦の響き。まるでチャイコフスキーやリヒャルト・シュトラウスのような、独奏ヴァイオリンを携えた交響詩と言っても良いかもしれません。

 

完成されたブラームスの協奏曲

最後は1981年のブラームス。ムター18歳。

もうヴァイオリンの技量に文句のつけようがありません。少女時代に手こずっていた上昇音型も何のその。大家とひけを取らないテクニックで、カデンツァに至っては完全に自分の世界を確立しています。

カラヤン指揮ベルリン・フィルも極上のサウンドを聴かせますが、これまでと違ってムターがスケールの大きな、堂々たる演奏を展開している(かつてのムターちゃんじゃない)ので、そこまで際立たず、伴奏としての役目に徹しています。この曲の代表盤に挙げて良いでしょう。

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